コラム
コーヒーのある日常 #7「或る男」with Cottea No.320
2018.07.06

コーヒーのある日常 #7「或る男」

 

土曜日の昼下がり、僕は、ワンルームの部屋の中、白いカーペットに座っていた。

小さなリビングテーブルの向かいには、初対面の男が、気まずそうに正座をしている。男は背が高く、筋肉質で全体的にごつごつしている。腰まで伸ばした髪を一つ結びにしていて、耳に大きなピアス、両指に大きな金属のリングをつけていて、タイダイのTシャツにダメージジーンズをはいていた。白いカーペットと正座が絶望的に似合っていない。

、、、

時計の秒針の音が部屋に響く。

……気まずい。

ここが、僕の部屋でも、目の前にいる男の部屋でもないということが、さらにそれを助長していた。

 

「彼氏とケンカしてるから、来て」

休日の昼下がり、会社の事を忘れて、家でぼんやりとしていた僕のところに、電話がかかってきた。

相手は、大学の頃に同じサークルだったシオリだった。卒業してしばらくは会ってなかったが、去年、僕の家から電車で2駅の所に引っ越して来て、それ以来何回か飲みに行く仲になった。

彼氏とのケンカがどの程度なのか、電話の感じでは想像できなかった。緊急事態な可能性もあるので、僕は急いで電車でシオリの家に向かった。

しかし、家に到着し、インターホンを押して待っていても、シオリの出てくる気配はない。

鍵はかかっていなかったので、勝手に部屋の中に入る、と、ワンルームのシオリの部屋の中ではシオリと、その彼氏と思われる男が言い合いをしていた。

「わかってない」「なんでよ、わかってるよ」「うそ」「違う」「じゃあ証明して」「は?」

ドアを閉める音で、二人とも僕の存在に気がついた。僕は小さく会釈をする。スッと、言い合いがおさまった。

しかし、おさまったのは一瞬。二人は再び言い合いを始めた。

「そこじゃないって何回も言ってるじゃん」「わかってるって」「わかってない」「わかってない」

割って入れるような雰囲気ではなかったので、しばらくおろおろしながら見ていると、

「わかってないよ!」

と、突然シオリが部屋から出て行ってしまった。

……え?

……え?普通このタイミングで出て行く?

呆然としている間、男は、静かになった部屋で高ぶった気持ちをクールダウンさせた。そして、ぽかんと立ち尽くす僕をみると、恥ずかしそうに会釈をして、ちゃぶ台の前に正座をした。

「……」

「……」

その結果が、この、絵面である。気づいたら、僕もつられて正座をしていた。恐るべし日本人の習性。男は気まずそうにちゃぶ台を眺める。僕も、どうしていいのか分からずちゃぶ台を眺めた。

「……」

「……」

将棋の試合か!

「……あの、食べます?」

僕は沈黙に耐えきれなくなって、ショルダーバッグの中に入っていたグミをちゃぶ台の上に取り出した。

「ああ、はあ」

「あの、酸っぱい粉が付いてるやつですけど」

「ああ、大丈夫です」

……どっちだ!

僕は日本語の曖昧さを恨んだ。

ちゃぶ台の上には、ハート形のグミ。それを挟んで男が二人……なんだこれは。

男は「じゃあ」と、グミを取る。よりによって、たまたま取ったそれは、滅多に入っていない星形のグミだった。

男は、目を開いて、何かを言いたげに僕の方を見た。

いいんだよ、そんなの。こっち見るなよ。腰まで伸ばした髪を一つ結びにしていて、耳に大きなピアスをして、両指に大きな金属のリングをつけて、筋肉質のごつごつした、背の高い、タイダイのTシャツにダメージジーンズの男は、レアな形のグミに反応とかしちゃだめなんだよ。

「……」

男は、星のグミを、食べた。

「……」

「……」

なんだか更に気まずくなったような気がした。

僕は部屋を見回した、男の趣味だろうか。シオリが普段聞かなさそうな、海外のロックミュージシャンのポスターやCDが所々にあった。

「あの……」

男が口を開いた。

「なんか、すいません。トイレに、行ったんですよ」

「え?」

「トイレに行ったんですよ。2人で。あ、2人ってのは、一緒にトイレに入ったんじゃなくて、居酒屋に飲みに行ったって事なんですけど、トイレで、あ、僕のほうが行ったんですけど、ケータイでいじってたら、あ、ケータイ、を、いじってたら、ケンカになって。あ、ケンカになったのはトイレ出てからなんですけど、あのLINEで、その、汚いって、あ、LINEは妹としてたんですけど、最初別の女かと思われて、それで、違って、って、あ、そう、言ったんです。そもそも、なんでばれたかって言うと、トイレが長過ぎたからで、けど、今度は、トイレでケータイいじるのは汚いってなって……」

なんだよそれ!腰まで伸ばした髪を一つ結びにしていて、耳に大きなピアスをして、両指に大きな金属のリングをつけて、筋肉質のごつごつした、背の高い、タイダイのTシャツにダメージジーンズの男は、明快軽快なトークとかしちゃうもんなんじゃないのか!?

 

僕は必死に情報を繋ぎ合わせた。

二人で居酒屋に行った。男がトイレに行ったときに妹とLINEをしていて、それが長かったから訝しんだシオリが別の女かと思った。男の説明で、妹とLINEをしていた、と話して誤解がとけた。しかし、今度はトイレで携帯をいじってた事に対してシオリは怒った。なるほど。

 

話し終えた男は、再び駒も升目も存在しない将棋盤を見つめた。

「あの、シオリの知り合い、ですよね」

そう言われて、まだ自己紹介をしていない事に気がついた。

「あ、そうです。マサトです。大学時代、同じサークルの同期だったんです」

「何のサークルだったんですか?」

「ジャズ同好会です」

男ははっと僕の方を見た。

「ジャズ好きなんですか?あ、シオリ、が」

「昔は」

「僕好きで。あ、ジャズじゃなくてロックが。だから、合わせてくれたのかなロックに」

「え?」

「結構一緒にロック聞くんですけど。あれかな、本当にジャズが好きで、あ、本当はジャズが好きで、けど、俺がロック好きだから」

男の目に涙が浮かんで来た。

泣くか?腰まで伸ばした髪を一つ結びにしていて、耳に大きなピアスをして、両指に大きな金属のリングをつけて、筋肉質のごつごつした、背の高い、タイダイのTシャツにダメージジーンズで、おまけにロックが好きな男は、普通、こんなことで泣くか?

「いや、そんなことないですよ、大丈夫、はい」

僕はとりあえず何のフォローにもなってないフォローをした。しかし、男は「そうですよね」と、救いを求めるように僕を見た。知らん!

 

「……あ、コーヒー飲みます?」

僕のフォローになってないフォローで少し落ち着いて来た男は、キッチンから白いパックを取りだした。150, 320, 140, 430……それぞれに、数字が書いてある。

「これ、番号によって味が違うんです。面白いでしょ。どんな味がいいかとか、あります?」

「え、あ、じゃあ、あんまり苦くなくて、さっぱりしてるやつが好きです」

男はじゃあこれかな、と「No.320」と書かれたパックを取り出した。

「俺もこれ、好きなんですよ」

   

二人、向かい合ってコーヒーを飲んだ。No.320はさっぱりとした、果物のような味がした。

「この味、珍しいですね」

「そうなんです。コーヒーなのに、果物みたいでしょ」

僕たちは、コーヒーを飲みながら、しばらく話をした……と、いうか、男が泣きそうになるのを僕が必死に止めていたのだけれど。

「……これからどうします?」

「追いかけた方が、いいですかね?」

「そうですね」

「ですよね、ありがとうございます。なんか、よくわからないけど、助かりました!」

そう言って、腰まで伸ばした髪を一つ結びにしていて、耳に大きなピアスをして、両指に大きな金属のリングをつけて、筋肉質のごつごつした、背の高い、タイダイのTシャツにダメージジーンズで、おまけにロックが好きで、No.320のコーヒーが好きな男は部屋を出て行った。

 

僕は、部屋に一人で取り残された。

コーヒーを一口飲む。とんだ土曜日だな。

ま、面白いコーヒー飲めてるからいっか。

……と、思うしか無い。

 

熟した果物から感じられるような優しい甘みと酸味とフローラルの香りが特徴的なCotteaNo.320

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